コンサルタントの視点から 第76回「歯科医院のM&Aを考える」 / 木村 泰久

M&D医業経営研究所代表の木村泰久です。

 

医療専門の経営コンサルタントの視点から、先生方の歯科医院経営に役立つ情報をお届けしていきます。

 

 

1. はじめに

歯科医院のM&A業者から、DMが送られてきたことはありませんか?ここ2年ほどの間、各社は50代以上の医療法人の理事長宛てに、立派なM&Aのパンフレットを郵送しているようです。そして、実際にM&Aが成立するケースも増えてきているようです。

 

今回は、歯科医院のM&Aについて、現状や問題点、今後の課題などを考えてみましょう。

 

2. 歯科医師の高齢化と、事業承継ニーズの増大

図表-1は、2020年と2018年の歯科医師数の増減を5倍して、2030年の年齢階層別歯科医師数を予測したものです。

 

図表-1 歯科医師数年齢階層別推移予測

 

2030年の歯科医師の総数は100,168人と、2020年よりも3,950人減少します。

 

2020年は60代が23,136人で50代の23,769人とほぼ同数でしたが、2030年には27,381人になり最大の年齢層になります。

 

70歳以上の歯科医師数は2020年の11,731人から、2030年には18,146人になります。70歳以上の歯科医師がすべて75歳でリタイアすると仮定すれば、5年間で毎年3,629人の歯科医師が退場することになります。このため、事業承継のニーズが増大しているのです。

 

親子承継ができればよいのですが、数年前の「歯科医師ワーキングプア」報道を受けて、息子さんやお嬢さんを医学部に進学させたケースや歯科医師にならなかったケースも多いようです。都内のある衛星都市の歯科医師会長からお聞きしたところ、その市では後継者がおらず、10年以内に廃院する可能性のある歯科医院が25%以上とのことでした。どこの歯科医師会でも同じような状況のようです。あるM&A企業の調査によると、歯科医院の53.4%が後継者なしとのことです。

 

親子承継ができない場合は、第三者承継を検討することになりますが、事業承継ができない場合は廃院になるわけです。

このような状況の中で、医療機関のM&Aを仲介する業者が乱立しています。ネットで検索しても、次のような企業がでてきます。

 

① INTEGROUP

② 事業承継総合センター

③ 日本M&Aセンター

④ M&Aキャピタルパートナーズ

⑤ M&A総合研究所

⑥ BATONZ

⑦ STRIKE

⑧ G.C FACTORY

⑨ M&A SUCCEED

図表-2 主なM&A業者

 

3. M&Aの実際

1)M&Aの標準的なプロセス

M&A業者に仲介を依頼した場合は、次のようなプロセスで事業承継が進行していきます。

 

1. 業者との面談

2. 機密保持契約

3. 決算書などの交付

4. 業者による評価

5. 提案資料作成

6. 業者との委託契約締結(着手金)

7. 業者による情報開示と候補先選定の開始

8. マッチング 

9. トップ面談、医院訪問見学

10. 追加資料の請求

11. 条件の交渉

12. 譲渡先医院の方向性検討

13. 基本合意(中間金)

14. デューデリジェンスの実施

15. 最終条件の調整

16. 承継契約書の締結(最終費用)

17. 引き渡し 

 

相談をしてから事業承継が決まって引き渡すまでの期間はまちまちです。買い手がみつからなかったり、価格が折り合わなかったりして承継が決まらないケースも多いのが現実です。

 

 

2)M&A業者に支払う費用

M&A業者に支払う費用は業者によって異なりますが、概ねこのような内容です。

 

図表-3 M&A業者に支払う費用

 

M&A仲介会社の料金体系は、「着手金」「中間金」「成功報酬」の3種類です。不動産業者のように規制もないため料金体系もまちまちです。

 

歯科医院の売買価格は1億円以下が大部分なので、各社の最低料金が適用されます。業者によって大きく異なるので要注意です。

 

図表-4 M&A業者の手数料体系の例 

 

 

3)承継価値の評価方法 

承継価値の評価方法には、大きく次の3通りがあります。

 

① 企業の有する純資産から価値を導き出す方式

純資産方式:純資産価額(資産-負債)+営業権評価額

 

② 医院の収益力から価値を評価する方式

正味現在価値方式:今後生み出すキャッシュフロー×割引率

 

③ 類似医院と比較勘案する方式   

比準方式:評価対象医院の財務数値×評価倍率

 

実務的には、純資産方式で計算し、正味現在価値を勘案する方法が多いようです。純資産方式は、貸借対照表の純資産価値に、年買法で経常利益または営業利益の3~5倍を営業権として加算して、承継価値を算出する方式です。

 

 

4)リスクの分析

しかし、どの歯科医院でも希望どおり承継できるわけではありません。一定の経営規模で健全な経営を継続していることが前提になります。そのため、経営上の問題点やリスクの調査が行なわれます。

 

図表-5 問題点・リスク分析の内容

 

4. 事業承継で起きる問題点

事業承継で起きる主な問題点は次のとおりです。

 

1)思った値段で売れない

① 借入残高が大きい場合は、純資産が少ないので、どんなに大きな歯科医院でも売却価格が安くなります。

② 直前数年間が赤字だった場合は、営業権の評価が低くなるか、なくなるため、売却価格が低くなります。

③ 土地建物を込みで売却する場合、更地の評価額ではなくなるので予想よりも価格が低くなる場合があります。 

 

 

2)買い取ってもらえない

① 不法建築であったり、違法増築だったり、その増築部分がないと医院として成り立たない場合は、賃借りであっても買い取ってもらえないことがあります。

② 事業承継を先延ばしにしているうちに院長が高齢化し、設備も古くなり、患者も減り続け、M&A業者に持ちこんだ時点では歯科医院としての魅力がなくなっている場合があります。

 

 

3)手数料が高額で手取りが少ない。

前述のように、M&A業者の手数料が高額になるので、例えば5,000万円で売却する場合でも手数料が1,000万円取られてしまえば、4,000万円しか残らなくなります。

 

 

4)売却後に数年間の継続勤務を義務づけられる

多くの場合、理事長(院長)が集患の中心になっていることが多いため、事業承継後も数年間は診療を継続するよう要請を受けることがあります。ただし、計画的に診療日数を減らしていくなどの対応が可能です。

 

 

5)勤務医や歯科衛生士の退職

売却されてすぐに勤務医や歯科衛生士が退職することが多いのが実情です。これは院長との信頼関係が途切れたと感じるからです。この対策として、多くの場合M&Aで買収した歯科医院が勤務医やスタッフの賃金を大幅に上げることを事前に通知して退職を思いとどまるように説得します。

 

 

5. まとめ~成功する事業承継のために~

第三者への事業承継を成功させるためには、早期に着手し計画的に進めることが最重要です。図表-1のように、70歳以上の歯科医師が18,000人になると予想されています。

彼らが75歳でリタイアするとすれば、単純計算で毎年3,600人になります。そのうち半数が後継者不在ということになれば、事業承継をめざすにも激烈な競争が起きるわけです。

 

事業承継は5年〜10年かけて取り組む必要があるといわれています。例えば、家族に後継者がいない場合は勤務医への売却が第一選択になります。しかし、結婚して住宅ローンを抱えている場合など、借り入れが増えることに対する警戒感も抱くでしょう。また勤務医が後継者になるとしても、十分な実務経験を積ませ、院長=経営者としての意識を持たせるのは簡単ではないでしょう。そのため、早い段階から事業承継とその条件を打診しておく必要があります。

 

また、自分で後継者を探し始めてもすぐに見つけられないケースが多いのが実情です。そのため、早い段階で会計事務所や経営コンサルタントなどの専門家に相談することをお勧めします。譲渡価値の試算や解決しておくべき課題の抽出、相続まで見据えた税務面でのアドバイスを受けることもできるからです。

 

 

 

前回までのコラムはこちら

第1回『ホームページを情報発信ツールとして見直そう』

第2回『歯学部の状況を考える』

第3回『大災害からの早期復旧対策を考える』

第4回『悪質なクレームが増えている?』

第5回『成功している歯科院長に共通する3つのこだわり』

第6回『歯科衛生士の給与水準を考える』

第7回『歯科医師国試の結果に思う』

第8回『開業してやっていける歯科医師の売上と年収とは』

第9回『スマホページの重要性を考える』

第10回『歯科衛生士という職業の魅力を伝えよう』

第11回『歯科技工士の問題を考える』

第12回『歯科医師の将来を考える』

第13回『患者数の将来を考える』

第14回『歯科医院の髪色を考える』

第15回『ストーカーやDV被害に遭わないために』

第16回『院内感染予防の環境整備を考える』

第17回『小児の死亡事故防止策を考える』
第18回『歯科医師国試の結果を考える』

第19回『歯科衛生士養成校の現実を考える』

第20回『平均点数の地域別バラツキを考える』

第21回『外来環境加算を算定しよう!』

第22回『無断キャンセルを減らそう』

第23回『歯科医師の男女比率を考える』

第24回『院内暴力・暴言への対策を考える』

第25回『バーやリーマーなどの滅菌消毒を考える』

第26回『集患代行業者を使わない決意をしよう』

第27回『受付と歯科助手が採用できない!』

第28回『レントゲンスイッチをスタッフに押させない』

第29回『口腔がん検診に取り組もう』

第30回『国試の結果と歯科医療ニーズを考える』

第31回『開業苦難の時代を考える』

第32回『経営の視点から予防歯科を考える』

第33回『児童虐待の歯科医院での早期発見を考える』

第34回『ハラスメントの防止を考える』

第35回『事業承継の成功ポイントを考える』

第36回『不意の停電に備えよう』

第37回『インフルエンザの予防対策を考える』

第38回『安易に返金しないクレーム対策を考えよう』

第39回『予防歯科を定着させよう』

第40回『日頃から指導監査に備えよう』

第41回『新型コロナウイルス感染対策を考える』

第42回『歯科国試の結果を考える』

第43回『歯科医療は不要不急ではないし、感染リスクも高くない』

第44回『コロナショックからの復活のポイントを考える』

第45回『マイクロスコープを積極的に活用する』

第46回『オンライン資格確認を考える』

第47回『コロナに負けず、患者を呼び戻そう』

第48回『前歯CAD/CAM冠 保険収載の衝撃』

第49回『アライナー矯正戦国時代を考える』

第50回『補助金詐欺に注意しよう』

第51回『歯科治療時医療管理料を算定しよう!』

第52回『緊急事態宣言と解除後の対応について』

第53回『競合環境の変化に備えよう』

第54回『第114回歯科国試結果と女性比率の増加を考える』

第55回『コロナ禍対策としての予防歯科を考える』

第56回『コンプライアンスを守ろう』

第57回『歯科衛生士の浸麻を考える』

第58回『コロナ禍のレセプト点数への影響と今後を考える』

第59回『変異型コロナの院内感染に備えよう』

第60回『コロナ禍による医療費への影響と対策を考える』

第61回『衆院選を機会に、社会保険財政を考える』

第62回『忘年会など年末年始の院内イベントを考える』

第63回『患者の暴力から医院を守ろう』

第64回『歯科衛生士の採用と確保対策を考える』

第65回『在宅医療での安全確保対策を考える』

第66回『歯科医師国家試験の結果と将来への影響を考える』

第67回『不測の事態に備えてBCP(事業継続計画)を考えよう』

第68回『歯科技工士の実態と将来像を考える』

第69回『国民皆歯科健診とその影響を考える』

第70回『歯科医院での管理栄養士の採用と活用を考える』

第71回『オンライン資格確認の保険改定を考える』

第72回『コロナ禍2年目の医療費の動向と対策を考える』

第73回『マイナ保険証を考える』 

第74回『若手歯科医師の賃金高騰を考える』

第75回『女性歯科医師の増加と勤務環境の改善を考える』

執筆者

木村 泰久の画像です

木村 泰久

経営コンサルタント

株式会社M&D医業経営研究所 代表取締役

大手ゼネコンにて社長秘書、経営企画、人事企画、そして営業企画などを担当し、経営にかかわる幅広い知識・経験を得る。2002年にM&D医業経営研究所を創設以降、企業の経営改善手法を応用した、わかりやすく実践的な経営指導で多くの歯科医院の経営改善に携わる。現在では、個人の歯科診療所から大規模歯科医療法人まで約100軒の顧問コンサルタントを務める。歯科医療白書・医療経営白書の執筆にも関わる。セミナー・著書多数。

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