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インタビュー 2019/12/23

竹内一貴先生『SNS世代の研鑽方法』

WHITE CROSS編集部

日々情報が流れ、先達からもたくさんの教えを受けられる今の時代。

けれども、忙しい毎日の中歯科医療人同士で本音を語る機会は減っているように思います。

 

そこでWHITECROSSでは、これからの時代の歯科を担う若手を中心に、とことん本音を語っていただきました。

 

今回は香川県宇多津町にて家族で経営する歯科医院の副院長を務める竹内一貴先生。『Save The Enamel Save The Pulp』をモットーに1本の歯を大切にする臨床を志し、プライベートよりも勉強を優先するほどの勉強熱心な先生でした。

 

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見学だけで終わる研修医の先生も多い中、保険診療は技工も含めて総義歯の最終重合以外は全て経験したんじゃないでしょうか。成功体験というほどではないですが、そうやって自分が成長していく中で、学生時代は底辺だった自分が大学時代の同級生よりも間違いなく場数を踏んでいることを実感したので、頑張ればなんとかなるんだって、その時に感じました。(人生初セミナーとの出会いとは

 

歯科医師になるまで。落ちこぼれた学生時代 

歯学部に進学した理由

うちは祖父の代から歯医者なんです。子供の頃から祖母に「歯医者になれ」と洗脳のように言われて育ってきたんですが、自分が高校生の頃、親父の働く姿を見てなんかバタバタで忙しそうに映ったんですよね。バタバタ働かないと生活できような医療現場を変えたいという思いから、次第に医療よりも行政をやりたいと思うようになりました。将来は医療行政に携わることを考えて、第一志望は早稲田の政経にしていましたし、高校でも文系の勉強を中心にこなしていました。 

でも、両親はどうしても僕を歯学部に進学させたかったみたいで、「わかった。早稲田も受けさせてやるから、歯学部も受けろ」と。そんな時に進路担当の先生が見つけてきたのが北大歯学部のAO入試で、経済白書をまとめるような小論文の試験が幸か不幸かすごくマッチしてしまって、合格しました。

 

センター試験前に受験が終わり…結局早稲田を受けることなく北大の歯学部に進みました。

  

 

北大でのカルチャーショック

初めての北海道の冬は、寒いし夜暗くなるのが早いしで、凍死せずに6年間生きていけるのかなと心配になりました。

基本的には文系の勉強しかしてこなかった理系偏差値50程度の自分が、偏差値70の能力がある人間を見た時のカルチャーショック。こんなに頭のいい奴が世の中にいるんだと思いました。なんとか落第しないように、必死についていくような6年間でした。

ただ北大の教養の授業では、法学部や経済学部の教授の授業も選択できましたので、高校生の頃に学びたかった戦前の政治や刑法、カルトや洗脳の現状などを学ぶことができました。このようなカリキュラムは短科大学では学べないことなので、このことについては両親に感謝しています。

 

 

部活は卓球部に所属しました。温泉卓球すらしたことがなかったのになぜかハマって、部活外でもクラブに入会するほどのめり込みました。卓球部を通じて歯学部以外にもいろんなところに知り合いができましたし、妻との出会いも卓球つながりでした。

学力は底辺、遊びは競馬。北大の裏が競馬場だったんで、仕送りの10万円ちょっとをなんとか増やすために競馬やデイトレードで生活していましたね。競馬で家計が助かったかどうかは疑問ですが(笑)。

そうやって卒業や国家試験の合格まではギリギリでなんとかやっていけたのですが、卓球部の先輩に「大学時代は何かに打ち込んで人脈を作れ」「卒業したら臨床に打ち込め」と言われていたので、卒後は大学に残ってダラダラ研修するのではなく新しい環境の他大学に行って研修をしようと思い、外部に出るのであれば父がどんな環境で学んできたのかということに興味があったので父の母校でもある日本歯科大学新潟病院でお世話になることになりました。

 

人生の節目に必ずあったセミナー参加と、成長を促してくれたメンターとの出会い

人生初セミナーとの出会いとは

生まれて初めてのセミナーは研修医時代でした。最初は大学によく案内が来ていた招待セミナーです。周りは誰も行かなくて、誰か行けという雰囲気の中「竹内、暇だろう」「タダで飯が食えるぞ」と言われ、外部生で友達も多くなく、実際暇だったしタダ飯につられて行ったのが始まりでした。

でもこれがいざ行ってみるとすごく勉強になって、臨床に活かせるというのが楽しくなったんですよね。

研修医に案内が来たくらいなので、基本の基本みたいなお話が多く実践しやすかったんだと思います。その時は村岡秀明先生のコピーデンチャーのセミナーで、次の週にすぐ作ってみました。当時の指導医が永田和裕先生(日本歯科大学新潟病院)で、なんでも自分でやりなと言ってくれる先生でしたし、大学病院という、すぐに活かせる環境だったのが尚良かったんだと思います。

見学だけで終わる研修医の先生も多い中、保険診療は技工も含めて総義歯の最終重合以外は全て経験したんじゃないでしょうか。成功体験というほどではないですが、そうやって自分が成長していく中で、学生時代は底辺だった自分が大学時代の同級生よりも間違いなく場数を踏んでいることを実感したので、頑張ればなんとかなるんだって、その時に感じました。

  

 

2-4年目の勤務医生活

当時父の体調が悪かったので、研修修了後は地元の香川に戻りました。

深く考えることなく一度は開業医に勤めなければと思い、補綴を得意としている先生の歯科医院で勤務させていただきました。そうやって高松で働きながら実家でアルバイトをし、日曜は勤務先の院長についてゴルフ。その間にも月に2回はセミナーに参加するようにしていて、そこから僕のプライベートがない生活が始まりました。

義歯や自費診療は院長がやっていたので僕の仕事はレジンとエンド、その他1本単位の補綴でした。セミナーに参加はしていましたが、お金もなかったので近くで開催されるセミナーであれば手当たり次第に行ったり、営業さんに紹介してもらった単発セミナーを受講する繰り返しでした。

そうやってセミナーを続けていた卒業4年目、SJCDのコースを受けて僕の人生が変わることになります。

 

 

人生が変わったSJCDコースの受講

名前は知っていたんだけど、お金もないし。受けたかったけど怖くて受けられなかったとか、自分には縁がないと思っていたとか、東京や大阪は遠いなという逃げの心、でも行ったら変わるんだろうなとか思うワクワク感、それを持っていたのがSJCDでした。

そんな時、たまたま飛び込みで来た営業さんが高松でSJCDのコースを開催するというパンフレットを持っていて、何かの縁だと感じて思い切って飛び込んでみました。1年間で50万円くらいの10回コース。それでも1期目だったのでお試しで少し安くはなっていたんですが、いままでワンデーで2~3万円のセミナーが多かったので、正直高いなと思いました。でも何かひっかかるところがあって受けてみたら、本当に大きく人生が変わりました。

そのコースでは今本道也先生(いまもと歯科)という福岡SJCDの会長をされていた先生に、日常的に写真を撮り臨床の記録を残すということや、主訴部位の1本のレジンとかエンドだけではなく口腔内全体の視野を持つということを教わりました。自分とは見えている世界が違った診断力、補綴精度や審美性の圧倒的な高さをこれでもかと示して頂き、この4年間何をしていたんだろうというカルチャーショックを受けました。

 

数年間通った再聴講を含めて、竹内ほどメモをとるやつはいないと言われるほど、懇親会での会話も含めて師匠である今本先生の言葉をすべてメモにしました。医療への真摯な想い、衛生士さんや業者さんとの接し方、歯科医師としてのあり方までを示していただいて、より高みを目指そうという自分のモチベーションを高めていただきました。

今本先生からは歯科医師の仕事は可能性が大きいこと、信じてくれている患者さんに対して誠実であれと薫陶を受けてきました。今本先生は現在は一線を離れていらっしゃいますが、人生の節目には連絡をいただきますし、人生の師匠だと思っています。

師匠である今本先生からは、「大きなケースに目が向きがちだけれども、誰からもケチのつけられないクオリティまで上がるまで小さなケース、1歯のケースを意識して臨床を行うように意識するように」とアドバイスを頂いて、特にレジンやエンドを意識して学ぶようになりました。

今本先生のコースで指導していただいた川畑正樹先生(かわばた歯科医院)には、「僕は50歳を超えても毎週勉強しているんだ。先生はどうなの?」って叱咤激励をしていただきました。そこで、10日に1冊は書籍や論文を読む、地元の営業さんに誘ってもらったセミナーは必ず参加する、などの自分の中のルールを決め、必要なプライベート以外は勉強を優先しました。その上で川畑先生自身には、How to ではなく論理的にどうするかという実践的な知識や、地方だから仕方がないという言い訳というか自らに限界を作らないことを身をもって示していただきました。 

 

各分野の研鑽方法

マイクロスコープの学び

実家に戻った頃、スキルがまだ足りない僕なりに臨床に取り組んでいたんですが、今本先生に「大きなケースに挑戦する前に、1本のケースを誰からもケチがつけられないクオリティで仕上げてこい」と言われ続け、毎月毎月ケースプレゼンをしては駄目出しされていました。

以前櫻井善明先生(ネクストデンタル)のマイクロスコープの導入セミナーを受講し興味を持っていたこともあり、診療レベルをあげるには拡大視野が必要で、特にルーペではなくマイクロスコープがないと今以上に治療のクオリティを飛躍的にあげられないと感じ、今から4年前に導入しました。

 

勢いで購入したマイクロスコープですが、結果としてより拡大率が高くより視野が明るい環境下での臨床は質が高まった上に術中の写真や動画の撮影がしやすくなり説明もわかりやすくなったのでは感じています。今では自分の臨床にとってなくてはならないものになりました。

 

 

 

ダイレクトボンディングの学び

近くで開催されるセミナーだったら見境なく行っていた頃に、岡山にいらしていた天川由美子先生(天川デンタルオフィス外苑前)のセミナーを受講したことからのスタートでした。講演の最後に「若いときってあまり診療させてもらえないけど、レジン充填は歯の形態や接着処理など多くの勉強ができる。だから日常的なレジン充填でもひとつひとつの手技を大事にしなければならないんだよ。」と言う言葉に感銘を受けてダイレクトボンディングを意識するようになりました。

 

今本先生に初めてぼちぼちと言っていただいたケース

正中離開へのダイレクトボンディング

 

現在は人気すぎて宝くじの確率のようになかなか受講する機会を得ることができませんが、当時は青島徹児先生(青島デンタルオフィス)や高橋登先生(タカハシデンタルオフィス)のセミナーってまだ受けやすい時代だったので、受けに行っては練習して、そうやってある程度ダイレクトボンディングが形になってきたところで高田光彦先生(TAKATA DENTAL CLINIC)や菅原佳広先生(日本歯科大学新潟校)のダイレクトボンディングのレクチャーをきっかけにさらに質が高まってきました。審美性はもちろんですが、適合や接着といった本質的なところを今後さらに高めていければと思っています。

 

 

 

エンドドンティクスの学び

エンドはあまり好きではなかったんですが、山田邦晶先生(かおり歯科医院)のヨシダのセミナーで初めてニッケルチタンファイルを使いはじめました。エンドのコースってなんか敷居が高いような感じがしていて、その後はずっと単発のセミナーを受けていました。

 

歯内療法と再生療法

 

そんな中、大阪の牛窪敏博先生(うしくぼ歯科)のセミナーの懇親会の際にインストラクターとしていらっしゃっていた京都の神戸良先生(良デンタルクリニック)に話しかけたところ「How to だけ学んでも治療コンセプトや組織学的や病理学的などの基本的知識や材料学的な特性や知識を持っていないと、治療結果が良くてもたまたま上手くできただけになってしまうよ」とアドバイスをいただいて、白水貿易さんでの牛窪先生のエンドの年間コースを受けることになりました。診断の重要性、そして診断のために背景となる基礎的知識も身につけておくことの大切さを痛感して、歯内療法に対する基本的な考え方が身についた感じでしょうか。処置するにあたってどうするかだけではなくて、使用する器具や材料の知識に加えて解剖や病態など身体自体への知識を深める必要性を痛感しました。学生時代のファイルは真っ直ぐなものだという認識から形状記憶のあるNiTiファイルが登場しただけでも便利になったなと感じていたのに、最近ではX-Pシェイパーという螺旋形状をしたより根管に追随するファイルをデブリアン先生から学んだことで臨床をしている限り生涯にわたって学び続けないといけないんだなと改めて感じました。かなり便利になってきているので、ありがたい話ではありますが。

 

 

外科の学び

外科の師匠は東京の殿塚量平先生(とのつか歯科)です。モリタさんの通称モリタ塾というプラクティスコースの講師をされていて、その初回の懇親会でたまたまお隣に座り、声をかけていただいたんですよね。「先生、どんな感じで診療しているの」って。そこから臨床で困ったらすぐに相談させていただくような関係でお付き合いをさせていただいています。

特に自家歯牙移植のレクチャーを受けてからは、当院の患者さんの年齢層が比較的若いということもあると思いますが、今はインプラントよりも自家歯牙移植のケースの方が多くなっています。

 

また過去にはなんとなく歯石を取って歯肉を足していただけの自分の歯周治療に対して、JIPIの牧草一人先生(牧草歯科医院)のコースを受講して歯周組織の解剖学やインプランの開発コンセプトなどを学ぶことで生体の治癒力を妨げず活かすことにより、これまでよりも確実かつ低侵襲なアプローチを考えられるようになったかなと感じています。

 

自家歯牙移植

 

 

MTMの学び

以前はフェルールが得られていないケースでも、1㎜程度の歯肉縁下くらいまで歯質が残っていれば、妥協してレーザーで歯肉切除して隔壁を設けてエンドをして補綴をしていました。しかしある時、Facebookで先田寛志先生(ナチュラルクリニック大阪)のケースアップを拝見する機会があり、当時の自分であれば抜歯していたようなシチュエーションの歯であっても矯正的挺出を活用して歯を保存されている経過に衝撃を受けました。僕も同じようなケースの真似から始めて、わからない事はFacebookを通じて質問させていただきながら、徐々に自分の臨床に落としこむができました。

 

MTM(矯正的挺出)

 

 

MTAの学び

僕の臨床といえばMTAセメントがなくてはならないものになりつつあるんです。最初に知識としていただいたのは高田光彦先生(TAKATA DENTAL CLINIC)です。歯科臨床研鑽会という高田先生が主宰されている勉強会の中心メンバーの荒木謙太郎先生(あらきデンタルクリニック)からご紹介を受けて、5年ほど前に高田先生のダイレクトボンディングのプライベートセミナーを受け、その流れでMTAを用いての部分断髄についても教わりました。その後寺内吉継先生(インテリデント中央林間相模歯科)やジョージ・ボーゲン先生のハンズオンセミナーにも参加し知識やスキルを高める場を得ました。

 

昨年は年間150本以上に対して覆髄処置で治療しています。数年前は抜髄で良いと言われる方も多かったですが、今ではまだまだ齲蝕の多い田舎であっても神経をとりたくないという患者さんは多くなってきました。ただしMTAセメントに関しては決して魔法の薬ではないので、新たな感染をさせないことや感染源を除去しきることなど歯髄保存療法における基本的な原則の遵守した上で、きちんと混和する緊密に充填するなど正しく使用する必要があります。また歯髄の状態によっても成否はわかれてくるのでマイクロスコープで歯髄の状態を拡大して観察するようにしています、壊死している歯髄にMTAセメントを充填しても再生するわけではないですから。

 

MTAセメントを用いた部分断髄

 

 

包括的介入の学び

今本先生や脇宗弘先生(脇歯科医院)ら多くの先生方から診断の重要性やインターディシプリナリーの考え方などのSJCDのコンセプトを学び、臨床や患者さんへの熱い思いに触れることで少しずつですが成長できているのかなと感じています。ここまで話させてもらったような「枝や葉」となる細かなスキルも一つ一つの処置をいい加減にできない大切なものですが、それ以上に臨床における軸となる「幹」をしっかりと定められたことは本当に大きかったと思っています。

自分よりも経験がない先生がまず勉強をするとなった際には安易に「自費診療につながるから」ではなくしっかりと腰を据えて「臨床の軸となる考え方を学びたい」に重きを置き、長い臨床医としての生活の中で憧れとなるような先生やメンターとなる先生が出会えることを貴重な機会と思って欲しいと感じています。発表する機会を与えていただいた際に自信がないから断ってしまおうという自分の弱い気持ちに打ち勝って、断らずにお受けしている事も成長するにあたって大切な姿勢ではないかと考えています。自分自身もこれまでに月臨会会長の松下孝直(松下歯科医院)やモリタ塾塾長の石川清之先生(石川歯科医院)ら多くの先生方に発表する場を与えて頂いたことは自らの臨床の経過を資料から振り返ったり文献的背景を考察したりする機会になり、そして多くのアドバイスや質問が臨床の質の向上に繋がり患者さんにとっても有益であるはずです。ありふれた言葉ですが、インプットだけでは不充分で学びを深めて患者さんに還元していくためにはアウトプットをすることは必須だと思っています。

 

 

地方で開業していることもあり高齢の患者さんを拝見する機会が多いです。そして、そのほとんどが再治療という現実の中で日々臨床していますが、自分個人の想いとして時間軸を忘れずに治療計画を立ててはいけないなと感じています。大きな介入が必要なケースであっても患者さんの全身状態が良くないためきちんと噛めず充分に食事が摂れていないにも関わらず応急処置しか行うことが出来ない無念さを過去何度も味わったことで、問題点が多い場合は患者さんの身体に余裕があるうちに全顎的な介入をしておく必要があると感じています。

 

また、カリエスやペリオに対して、穴が空いたから軟化象牙質を除去して充填したり、痛いから抜髄をおこなってクラウンを装着したり、歯が揺れているから動揺歯を固定したり、主訴への対処療法のみをその場しのぎでおこなってきている現実があります。もちろん主訴に対する応急処置や処置自体の精度を高めることは必須です。その上で原因に対するアプローチを忘れてはいけないのかなと思っています。細菌を減少させるために初期治療、歯質を強化するためにフッ化物などの応用、唾液の質量や食事内容の把握などやれることは多々あります。現実問題として生体が破壊されてしまった環境で人工物が一生涯もつわけがないのです。だからこそなるべく長期に渡って保っていくために少しでも原因に対するアプローチは行うべきと考えています。

 

口腔内全体はもちろん患者さんの背景までを考慮したマクロな視点とマイクロスコープを用いた拡大視野下での精度の高い1歯の処置にこだわったミクロな視点を兼ね備えた臨床医になっていきたいと目標を立てています。まだまだ未熟ですが「森も見て木も見る」という意識を忘れずに歩み続けたいです。

 

 学び続ける努力。その根底にあるものは

竹内先生にとって、セミナーの楽しみとは

勉強を楽しいとはあまり思わないんです(笑)。だけど僕は学生時代に全然勉強してこなかったという負い目があるので、その借金を返しているんです。あとは患者さんに対して失礼なことをしたくないだけ。僕のような若い歯科医師についてきてくれる患者さんの信頼に応えたいんです。

セミナーは、一回参加したら一個実践するようにしています。最初はあれもこれもだったけど、頭でっかちになって聞いて終わりになってしまうこともあって。そんなとき今本先生に「竹内、消化不良になっていないか」ってお声がけいただいたんですよね。

 

また誰にも教わらずにどうしても自己流になりがちな自分の癖に気づくという点においても自分以外の先生の臨床の実際を聞ける場というのは大切だと思っています。もちろん、なんでも鵜呑みせずにレクチャーして頂いた内容がガイドラインやエビデンスから大きく逸脱したものではないかということを判断するための最低限の知識は必須ですが。その上で年に数回、これまでの自分の考え方を変えられるような衝撃的なセミナーに出会うことがあります。知らないことを知った喜び、考えたこともないことを考えるきっかけになった喜びは学び続ける動機の一つになっています。

 

 

何よりも、こんなに毎週末不在にするような僕を応援してくれて、子供の面倒まで見てくれていて、今僕がこうやって毎週勉強させてもらえているのは全て妻のおかげだと思っています。感謝しています。 

 

 

なぜそこまで頑張れるのでしょうか

ある程度勉強をして思うのは、四国って本州よりも情報を得にくい環境にあると感じています。ディーラーさんからの情報はバイアスがかかった状態で入ってきますし、すごく閉鎖的な空間だと感じています。この状態って患者さんにとっても不利益だと感じるのです、だからそれを変えたい。なのでi-project.jr. という勉強会を主宰させてもらって、メーカーさんに直接説明を受ける場を設けたり、みんながアウトプットする場を作って学んでいこうと思っています。

 

都心では当たり前でも四国にはそういう場があまりないので、僕一人ではできないこともたくさんあるから、仮に20年遅れているのだとしたらその遅れを10年にできればいい。そうやって四国のみんなで成長できる環境を作りたいって、それだけなんですよね。個人的に歯科医師になって3年目の頃にいわゆる大きなケースをやりたくて仕方がなかった時期がありました。だけど、先にお話しさせてもらった今本先生からのお言葉や勉強会に参加していただいている先生方のプレゼンから歯科医師としての本分は歯を残すことであり、そのためには大きな治療よりもMIや予防の概念の方が重要という自分の中での結論に達しました。それぞれの臨床における考え方はいわゆるガイドラインから大きく逸脱していなければ間違っているということはないと私は考えてします。このスタディグループをきっかけに自らの臨床を考え成長できる土壌が地方においてもできれば嬉しいと考えてします。今はまだ夢のような話ですが。

 

今本先生に教えて頂いた言葉の一つに「我利我利亡者」というフレーズがあります。自分さえ良ければという考えではいけないことを示して頂いたのですが、どうしても診療室に閉じこもっていては視野が狭くなります。行政や勉強会などを通じて視野を広く持ち社会に貢献していければと考えています。

 

 

そして、毎年一度のi-project.jr. の総会である「うどん県ツアー」。

一昨年は肥田昌幸先生、昨年は辻本真規先生、今年は渥美克幸先生をお招きして、2日間きっちり学び、楽しく飲んで親睦を深める機会を作らせてもらってます。来年は菅原佳広先生をお招きして香川県で行いますが、自分自身も講師先生との企画の打ち合わせや移動中の雑談から学ぶことは多いです。企画の内容自体も自分自身が受けたくなるような、他の場では行なっていないようなオリジナルのものを心がけています。是非多くの方に参加していただき、勉強だけではなく懇親会まで楽しんで頂ければと思っています。そして僕自身も講師のレクチャーや参加される先生方との会話から大きな刺激を受けているように、参加された先生方も翌日からの臨床がさらに向上していて頂ければこれに勝る喜びはないです。

 

せっかく歯科医療という生涯を賭ける価値のあり、患者さんの人生を変えるほどの影響のある仕事ができているのです。自分の診療室という小さな空間だけではなくより多くの方に良い影響を与えられるように成長していきたいと思っていますし、まだまだ未熟ですが自分なりの方法で歯科分野で貢献していければ良いと思っています。 

 

SNS時代。新しい刺激を求めて

SNSで昔よりも人脈が広がりやすくなりましたよね。Facebookに相談を上げたらアドバイスをいただける時代なんです。首都圏の情報が簡単に四国まで伝わってくるし、情報の発信力もすごい。以前なら知り合えなかった先生とも繋がることができますし、SNSで拝見する同世代の先生の活躍は特に刺激になりますし、また僕の投稿を見て刺激を受けてもらえると嬉しいです。

Facebookで繋がると頻繁に会えなくても親しくなれますし、田舎の人間にとってはありがたい限りです。ネットでは炎上という言葉もありますが、目配り気配り心配りの精神を忘れず、患者さんのためスタッフのため家族のためにこれからも精進していければと思っています。 

個人的には生身の人間ではなく画面を見てという研修スタイルにはまだ違和感が大きいですが、ホワイトクロスさんのセミナーのライブ放送もきっと当たり前の時代が来るはずです。

もちろん、いわゆるリアルと言われる現実社会での対応も重要です。東京や大阪などの都市部にいかなくても僕らのような若手歯科医師が地方でも勉強できる場をつくっていくことが都会と地方の医療格差を少なくして最終的には患者さんや社会への貢献につながると信じています。

 

 

 

追記、私に歯科医師になるきっかけを与えてくれた先月急死してしまった父といつも私の診療をサポートしてくれているスタッフのみんなに感謝の気持ちを捧げたいと思います。

執筆者

WHITE CROSS編集部

WHITE CROSS編集部

臨床経験のある歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・歯科関連企業出身者などの歯科医療従事者を中心に構成されており、 専門家の目線で多数の記事を執筆している。数多くの取材経験を通して得たネットワークをもとに、 歯科医療界の役に立つ情報を発信中。

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