弘岡秀明先生 後編『歯周病専門医として』 / WHITE CROSS編集部

帰国してからの活動

1993年の春に日本に帰ってきました。

私が留学した目的は再生療法、エビデンスベースの治療とインプラントでした。1986年にエリクソン教授とブローネマルク教授らがケースレポートを出しました。どのようなレポートかというと、歯を抜かれた歯周病患者に歯周病治療をしてインプラントを応用することによって、残存歯牙を保存するなんていうレポートでした。これはもうショックで、歯周病患者にどのようにインプラントを応用するか、これは僕のやりたいことだと思い、留学した後半はそのことに夢中になりました。

 

日本に帰ってきて、インプラントのコースをしようと思ったんです。ところが日本に帰ってみると驚くことに歯周病の治療の現状をみると歯周病患者が町を歩いているような状態だったんです。これはインプラントの前に歯周病の治療だと思いました。

そこで藤本研修会に弘岡秀明ペリオコースを作っていただき、そこで講義を始めました。僕が受けてきた教育と同じ教育を伝えたかったんです。当時はエビデンスという言葉がなかったので、科学に基づいた歯周治療ということでコースをしました。当時一般的には歯周病のコースは3ヶ月でしたが、そこを藤本先生にお願いして、1年にしたいと言ったんです。しかし「歯周病で1年なんて受講生は来ないだろう」と言われて6ヶ月のコースを、5年間やらせていただきました。

 

5年やっているうちにだんだん、自分の方向性が見えてきたんです。インプラントのコースもやるなんて言っていたけどこのまま続けていいのではないか。実際に受講生も日本中から集まっていたので、自分のやり方に確信も持ちました。当時は生意気だと言われたんですが、学会なんかでも英語のスライドを出していたんです。自分はこのやり方、ひとつはスライドを英語で作っておけばインターナショナルに呼ばれてもすぐ行けるし、自分がリタイアした時に東南アジアなんかの講義を聞きたい人に対してもスライドをそのまま持っていける、ということで今でも英語のスライドを作っています。

 

ただ予想できなかったのが、コースをやっているうちに衛生士さんが来るようになったんです。そこでまた確信しました。というのが、歯周病の治療は衛生士によるところが 8割か9割だと思います。ということは衛生士さんと一緒に勉強したらいい。まあ、優秀な人はご自身で道を勝ち得て言って進んでいくんですが、僕なんかは目の前のものをフィードバックしながらではなければ進めないタイプなので、僕が感謝しているのは、コースがあること。そしてそのコースのためにもう一回勉強できるということです。コースではおそらく400くらい論文を引用するので、毎年毎回それを勉強させてもらえるという幸運に恵まれているんです。ですからあの会は自分のためにもあると思って続けています。

 

 

歯周病専門医としての信念

僕は、歯周病という幸運な学問のところに迷い込んだと思っています。

もちろん補綴にもエビデンスはあるでしょうし、口腔外科にもエビデンスはあります。歯周病は特に医科的な範囲で見ることが非常にしやすい。つまり免疫学や細菌学、インフラメーションのことを勉強しますから、そこに迷い込んだと思います。そうすると勉強することがたくさんあるんですね。他の学問もありますけれど幸いなことに。医科に比べるともっとエビデンスベースなところでできる、治療の分野だと思っています。例えば抗生剤の話でも、非外科処置の話でもです。

そういう点では歯周病を勉強しておけば他の分野にもすぐトランスファーしやすいと思います。最近では全身疾患との関わりも盛んに言われていますが、その因果関係を捉える前に口の中に病気が、炎症があって感染症があるんだから、これはもうノークエスチョンで治療をしなければならない。そこに僕は迷い込んだという思いです。

 

 

若い歯科医師に求める学びとは

とにかく国家試験を通って歯科医師の免許を取るわけですよね。僕は全ての歯科医師が名医になる必要はないけれども、全ての歯科医師が良医つまり患者にフィードバックできる治療を選べるということをさせる、必ずしなければいけないことをして、してはいけないことはしない。どういうことかというと、エビデンスです。エビデンスベースの治療をする。6割で充分だと思うんですね。

 

歯科医療をご自身の職業として選んだということは、一生勉強するということです。歯科医師、歯科技工士、歯科衛生士、歯科助手も受付もそうです。一生勉強しなければならない職業を選んだということなんですね。なので勉強を止めるときは、その仕事を辞めるときなんです。その位の覚悟で勉強する。勉強しない歯医者は歯医者と呼んでほしくない。治療しない歯医者は歯医者と呼んでほしくない。そして患者さんが幸せになる方法を常に勉強して研鑽してもらいたいですし、自分もそうありたいですね。

もうひとつとしては僕らは科学者ですが、例えばメインテナンスという言葉も今はサポーティブセラピーと言われますが、なんか変わったのかと。歯垢はプラークからバイオフィルムになり、デンタルバイオフィルムになる。何も変わらないんですよ。何百年も何千年も。じゃあエビデンス、何か元になることを勉強しておけば十分だと思うんですね。そうするとイクスパンドすることができる。エビデンスを知らないと、患者さんを治療するときに不安でしょうがないんですね。それは自分の心に聞く必要がありますよね。

 

 

著書 コレクテッドエビデンスについて

僕がちょうどイエテボリでトレーニングを受けているときに、リンデ教授とペントルマン助教授の部屋に、『サイエンティックウェイ』というグリーンの本が飾られていました。変わった本で、まずはタイトルがあって、見開きで数ページ、その後にどんな治療方法でどんな目的でやったのか、そしてその結果はこうですよと書かれていました。これはご自身が臨床で関係するようなペーパーを読んで、大切なことをピックアップしているというものが掲載されていました。そして最後にご自身の意見、コメントを書いているんですね。本来教科書に意見は書けないので、意見書なんですよね。タイトルがあってリサーチがあって、個体数がいくらだとかこういう治療をしたとか、どういう研究だったかを書いて、結果は変わりようがないのでそれに対して幾らかの疑問を出す。これが教科書になっていたんです。当時は「こんな本買う人がいるのか」と思っていたんですが、しかしこれがベストセラーになったんですね。大学院生が買ったんです。必要な論文が全部網羅されているから。

 

東北大の補綴科の大学院を出られた中村先生と言う方がたまたま講義を受けにいらしていて、僕と一緒に勉強していました。ある時講義に使う内容を手刷でやっていたものを書き留めてくれないかなんとかまとめられないかということで、ビデオを撮って僕の講義を書いてくれてたんですね。どういう実験でどのマテリアルで結果はこうだと、さらに僕の意見を書いた小冊子を作ってくれたんです。それを使っていて、そのうちもうそれをそのまま出版しましょうということで一版、二版、がでました。これはほとんどが中村先生にお願いして、僕らは徹夜で原稿をチェックしました。ですからエゲルバーグ先生のサイエンティックウェイと同じものが日本で僕の意見で自分の考え方を公表できたのは光栄でしたね。ベストセラーになるかはわかりませんが、大学院生にとってはいい参考書になると思うんです。

一版、二版はすべて文句・言葉だけですから、第三版は手を使わなければならないということでうちの病院でやっているケースを6つ、7つ持ってきて、その治療の手順を示したんです。と同時になぜそのような治療をしたのかということエビデンスベースのものをピックアップした。これが一版二版にのっているのでそれをカバーするような本ができたということです。

 

 

日本の歯科界に対する憂い

僕が一番心配なのは、コンビニの数と歯医者の数が比較されるなんてこんなナンセンスなことはないと思っています。例えば歯医者と耳鼻科の数を比較するというのであればまだわかりますけど、コンビニとの比較なんて僕には耐えられない。コンビニより数あっていいじゃないですか。だって治療が必要なんですから。これは心配だなと思っています。

 

もうひとつは国民の歯周病の罹患率が6割とか8割とか言われているんです。街を歩いているのは歯周病患者だらけということです。これは歯医者が足りないと言えることなのに、足りちゃっているというような世の中なんです。

スウェーデンでは1974年に保険制度が歯科に導入されたんですが、変な話それまで歯医者は金持ちだったんです。保険がないわけですから。ところが74年には入ってから歯周病もカリエスもある種の感染症だということで最初からプリベンションといって一次予防が保険の中に導入されていました。スウェーデンでは成功したんです。一次予防をして歯医者の数を少なくして、僕が留学していた時にあった4つの大学のうちマルメは閉鎖したんですから。そうやって歯医者の数をコントロールしたわけです。専門医も教育にお金がかかるから減らそうということで減らしたんです。

そうすると、予防は成功したんですね。なぜかというと総義歯の人はいなくなっちゃったわけです。70になっても。それが困ったことになって、予防しているから歯がなくならないんですよ。リタイアしても歯が残っている。そうすると、歯を磨けなくなってきても炭水化物をもっと食べる、そこで歯周病もカリエスも多くなってしまう。すると歯医者が足りないと言われ始めたんです。

だから歯医者が足りなくなるなんて僕には考えられないんです。この何十年でこれからはそんなことないと思っているんですね。

 

一番憂うのはインプラントです。インプラントはどのくらいの人が幸せになるかわからないけど、雑誌を見てもインプラントのコースがたくさんだし僕もインプラントはしていますが、インプラントの勉強はもちろん大事ですよ、ところが、一億何千万人のうちの8割が歯周病であるというんですから、そっちの勉強を多くしてもらいたい。そのうち2%がインプラントをしているとしたら、その勉強の量は残念ながら反映されていないんです。

いま盛んに叩かれる方向にあるけれども、そんなことは決してないわけで自信を持ってインプラントも歯周病の治療もカリエスの治療もするような状況を作れば、歯医者が足りないなんてことは決してない。衛生士が足りないなんてことは決してない。衛生士なしではできないんですから。だれがメインテナンスをするんですか、多くの時間は衛生士が担当するんです。技工士ももちろん必要です。足りなくなっていると言われ、プライドも何もなくなってしまうなんてないようにしてもらいたい。沢山することがプライドになるし、最後は患者さんにありがとうと言われるような歯科医療はまだ残っているはずなんですね。

 

 

今後の目標

僕が影響を受けたヤン・リンデは80歳になってもまだ講義もリサーチもしています。歯医者が好きなんですね。ですから歯医者をずっとやっていこうと思っています。幸いなことに僕が属している東北大の教室では新しい器具や日本初の新しい治療方式が発表されているんです。そこにお手伝いができればいくらかは患者にフィードバックできるとか、特に若い先生とともにやっていますから、教えるというよりは一緒に考えていく。するとそのフィードバックは患者に戻っていくんじゃないかと思っています。

走れるうちに走っている人たちを多く見て、その人たちの後を追っているので、自分もそういう風になりたいと思う。

 

もう一つは、僕は留学して、うちにいたスタッフなんかを同じコースに何人も紹介しています。すると向こうのスタッフたちと研究を作るきっかけがいまできてきています。日本初の治療方法もいつか世界に出していけるかもしれない。それのお手伝いができるのが楽しみだし、彼らがまた一つの流れを作ってくれて、新しい研究を作っていく。だからお願いだからイエテボリの僕のために作ったような大学院がなくならないでほしい。いつまでも続いてもらいたい。だからそういうところに人を紹介したりして、教わることだけではなくこちら日本から初になるようなところに足場を置いているということが自分の新しいステップの目標になっています。

 

 

日本の歯科医療の未来は明るいですか

これは歯科医師の問題であって、考え方によっては歯科医療自体も歯科医師も未来は沢山あると思う。というのは32本もある歯が、80歳90歳まで生きていく上で何もないなんてことはないから、それを僕らはなんとかしてあげる職業だから、歯科医師なんだから。

そうすると仕事が減ることもないし、それによって患者さんがありがとうって言ってくれることも沢山あるし、虫歯ができなくなる方法とか歯周病がなくなる方法とか、まだまだやることが山のように残っているんです。それを解決するときの楽しみっていうのは必ずあるはず。疑問をパズルをとくようにね。

そういうことから考えれば日本の歯科医療は、だって日本はダントツに進んでいるんですもん。日本発信の治療ができるかもしれないし。今度は世界的な立場でいけば、東南アジアやアフリカに早く亡くなる人もいるけど歯を失う率はもっと高いわけだから、そこに僕らが介入できるチャンスがたくさんあるわけ。そう思えば日本国内で歩いていくと思わないで世界に羽ばたけばやることはもう山積み。

チャンスもたくさん与えられているんだから、日本の歯科医療は楽しくてたまらないと思う。ビジネスチャンスもたくさんあるし、歯科医療自体としても日本だけで見る必要はないんだから、これからは。外に出ていくらでも感謝してくれる人がいる。それを伝播するちゃんすもいくらでもあるからね。もう日本の歯科医療は、・・・インクレディブル。

 

 

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前編『若き日々の歩み』はこちらから

 

執筆者

WHITE CROSS編集部

WHITE CROSS編集部

臨床経験のある歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・歯科関連企業出身者などの歯科医療従事者を中心に構成されており、 専門家の目線で多数の記事を執筆している。数多くの取材経験を通して得たネットワークをもとに、 歯科医療界の役に立つ情報を発信中。

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