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・日本の歯科業界に大きな影響を与えてきた歯科医師の一人であり、半世紀以上もの間、歯科業界で活躍されてきた内藤正裕先生。 ・内藤先生は2025年3月、多くの患者を支えてきた内藤デンタルオフィスを閉院。WHITE CROSS限定独占インタビューに応じた。 |
はじめに
1971年に東京都内で開業され、半世紀以上歯科医師として活躍されてきた内藤正裕先生。内藤先生は、南カリフォルニア大学やスラブチェック教授など、国内外の多くの指導者に師事し、「くれなゐ塾」を長年にわたり主宰。日本の歯科業界に大きな影響を与えてきた歯科医師の一人である。
そんな内藤先生は2025年3月、多くの患者を支えてきた内藤デンタルオフィスを閉院。
今回のインタビューでは、長きにわたる臨床医としてのキャリアに終止符を打たれた理由や、若き日の開業ストーリー、そして今後の展望について、先生ご自身の言葉で語っていただいた。
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閉院を決めた理由と患者への想い
Q.今回閉院を決断されたきっかけや理由についてお聞かせください。
閉院は1〜2年で急に決めたわけではなく、長い時間をかけて準備を進めてきました。自費診療のみで仕事をしてきたので、年齢や体力的な問題から、身を引く時期は10年以上前から考えており、ちょうど「80歳」という節目がその時期と重なったというだけです。
年齢がきたから突然辞めるのではなく、誰に引き継ぐかを考えないといけないというのは30〜40年前から考えていましたね。また、私の子どもは歯科医師にはなりませんでしたが、子どもであれ、仲間であれ、若い先生であれ、そういった人たちに引き継ぐときに自分は現場から身を引こうと思っていました。

内藤正裕先生
Q.閉院するにあたり、患者さんの引き継ぎはどのように進められましたか?
自動車の部品を修理するのとは違い、歯科診療は人と人との相性が非常に重要になります。患者さんと歯科医師だけでなく、そこに勤めているスタッフとの相性も大切なポイントでした。
閉院するにあたり、患者さんには具体的なお話をさせていただきましたが、最終的な選択は患者さん自身に委ねました。“もしよろしければ…”と、若くて優秀な先生方をご紹介し、スムーズに引き継ぎが進みましたね。
また、閉院後も患者さんへの臨床は続いていると考えています。例えば、インプラントのスクリューが緩んだ患者さんのケースでは、引き継いだ先生が再介入しやすいように、私が保管していた模型を渡しました。どの位置からアプローチすれば安全にスクリューに到達できるかを模型で確認できるからです。私の仕事は、何かをしたら完了ではなく、次の先生がやりやすい形でバトンタッチをすることだと考えています。

内藤デンタルオフィスの患者を引き継いだ歯科医師の先生方と内藤先生
若き日の開業ストーリーと同志たちとの出会い
Q.1971年に開業されたとのことですが、当時としては珍しいマンションの一室での開業でした。その頃のお話を聞かせていただけますか?
当時、日本の歯科医師免許だけでは不十分だと感じ、アメリカやドイツなど、より先進的な歯科医療を学ぶために海外へ行くことを決意しました。そのためには資金と、それを吸収できる体制の二つの準備が必要でした。なので、開業はあくまでもその一つの手段だったんですよね。
そして大学を卒業した24歳の頃、将来を見据えて、ハウツーだけでなくマネジメントも学び、結婚と開業を同時に進めました。当時の年齢からすると、少し早い時期に個人で動き出したことになります。

研修医1年目の内藤先生
Q.その若き日に、山崎長郎先生や本多正明先生といった、後の日本の歯科界を牽引していく方々と出会われたそうですね。その出会いは、先生のその後の人生にどのような影響を与えましたか?
当時はまだ健康保険が全盛で、「脱保険」という言葉が出てきた時代でした。私は、同じような考えをもつ人はあまりいないだろうと思っていましたが、田北先生、寺川先生という、野冨先生の流れを汲む方々との出会いを通じて、同じ時期に同じようなことを考えていた山崎先生と本多先生に出会いました。
彼らとの出会いは衝撃でした。大学も運動部も異なる3人が、とにかく「学びたい、知りたい」という同じ原動力を共有していることがわかったんです。田北先生、寺川先生からは「いいからやってごらん、やってみて決めなさい」と言われ、それが私たちの世代のスタートになりました。大学の研究室や同窓生の枠を超え、同志として進んでいける大きな糧となりましたね。

左から山崎長郎先生、本多正明先生、内藤正裕先生、レイモンド・キム先生の奥様
Q.くれなゐ塾に込められた想いについてお聞かせください。
「くれなゐ塾」という名前は、海外で広めるには適していないとわかっていましたが、「私たちの情熱の中に気持ちの赤い花が咲く」という想いを込めました。それは自分の心の中にも、私の話を聞いてくださった若い先生方の中にも咲く花です。長く続けることを大切にしてきたことで、現在58期に入っています。若い世代が、赤い花を咲かせてくれているのが本当に嬉しいですね。
先日、大阪SJCDの本多先生や大阪古希の会の先生方から、長年の労をねぎらう言葉とともに、ウォーターマンの万年筆をいただきました。そこには「長い間お疲れ様でした」という添え書きと、それぞれの「紅色」の花を咲かせている仲間たちの名前がありました。異なるスタディグループの先生方からこのような贈り物をいただけるのは、これ以上ない喜びです。彼らは、もう心配しなくても、自分の進むべき道を見つけてくれるだろうと思います。
内藤先生の歯科医師人生に影響を与えた他業界の人物・モノとは?
Q.内藤先生のクリニックにスティーブ・ジョブズ氏がいらしたというエピソードがあるそうですが、そのときのお話を聞かせていただけますか?
ジョブズ氏が診療を受けに来られたわけではありません。彼は日本のある世界的電機メーカーの社長と親交があり、その社長が私の患者さんだったのです。
私が講演用のプレゼンテーションを作っていることを知っていたその社長から、ある日突然電話があり、「ジョブズに5分だけ時間があるから、先生のプレゼンを見てくれるみたいだよ」と言われました。
私のノートパソコンを開き、ジョブズ氏は日本語のクリックボタンを押し、症例写真や図を見ていきました。ちょうど5分後、彼は「ノイジー(うるさい)」と一言。「文字が多すぎる」「写真の出し方に劇的な要素がない」というのが彼の指摘でした。この一言は私にとって大きなショックで、それ以来、プレゼンを美的に、見た瞬間に内容が伝わるように大きく作り変えるきっかけとなりました。
Q.内藤先生が特にこだわりや愛着をもっていたものは何ですか?
歯科の勉強だけでなく、私の背景には自動車の世界がありました。若い頃から自動車に親しみ、それが大きな原動力の一つでした。イギリスの車を2台所有し、ル・マンを走ったレーシングカーをいつか手に入れたいという夢をもっていたんです。歯科の仕事と車の趣味は別物ですが、どちらも私の人生を前進させる励みになっていました。
しかし、今回臨床を終えるのと同時に、私は運転免許も返納しました。夕暮れ時に運転する際に、「気を付けて帰らなければ」と考えることが嫌になったからです。車もすべて手放し、今は免許証も単なる身分証明書になりました。今後は、臨床と車という二つの道ではなく、もう一つの道に絞って進んでいきたいと思います。

車雑誌にも取り上げられたことがある内藤先生
内藤先生のこれまでの歯科医師人生と今後の展望
Q.これまでの歯科医師人生を振り返ってどうですか?
僕の歯科医師人生を振り返ると、本当に幸運だったなと思います。人とは少し変わったやり方をしていたおかげで、映画や文学、企業の世界で名を成した、個性的な患者さんたちと多く出会うことができました。診療室の中では僕が歯科医として接しますが、一歩外に出れば、彼らは僕が到底敵わないほどの経験を積み、信念をもった素晴らしい方々なんです。そのような方々と出会い、接することができたのは、僕にとって非常に大きな財産ですね。
歯科医療は、単にデータだけで成立するものではないと僕は考えています。同じ症状をもった患者さんがいたとしても、パーソナリティや年齢、周囲の状況は異なります。その後の治療がうまくいくかどうかも、人それぞれで変わってくるはずです。
これからの歯科医療は、AIとの向き合い方が重要になってくるでしょう。若い先生たちはすでにバーチャルな咬合器やAI診断に慣れてきていますから、個人的な思い入れを排除し、AIの力を利用しながら個人の技量をどう発揮していくかという、新しい時代が必ずくると確信しています。僕が若い先生たちを指導できるのは、おそらくあと3〜4年でしょう。その先は、AIと向き合いながら臨床を進める新しいタイプの歯科医師が台頭する時代がくると思います。
そんな未来の歯科医師人生を、僕は見てみたいですね。5年後の診断や臨床がどうなっているのか、具体的に知りたいです。「なんだよ、俺の時代は終わったのかよ」ってね。(笑)

内藤先生がCOKI TOKYO くれなゐ塾1期で講演する様子
Q.歯科医療の未来は明るいですか?
当然、僕は歯科界の未来は明るい要素の方がはるかに大きいと思います。それは、これまでの手仕事の分野であり、手作業の分野であった歯科医療とは変わっていくからです。今までは、細胞性のものと無細胞性のものをなんとか融合させようと、鉄工場の親父のようなことをやってきて、成功の喜びもあれば、夜も眠れないような苦労も数えきれないほどありました。喜びと悲しみは常に均衡を保っているような状態だったんです。
でも、これからの歯科の未来は、僕たちが今考えている以上におもしろいと思います。AIが分析という段階で、ものすごい量の下支えをしてくれるようになるからです。あとは、僕たちがAIと協力して作り上げたものを具体化する段階で、どう個人が修練を重ねるかが重要になります。麻酔の打ち方一つにしても、コンポジットレジン一つにしても、メーカーが作った素材があるだけではダメで、修練が必要なのと同じです。
修練が伴えば、AIに引っ張られるのではなく、AIを利用しながら診断や治療を具体化することに繋がると思います。だから、歯科はおもしろいんじゃないですか。今までやってきたこともおもしろかったですし、これからもどんどんおもしろくなっていくと思いますね。

歯科の未来に想いを馳せる内藤先生
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長きにわたる臨床医としてのキャリアを終え、新たな道を歩み始めた内藤正裕先生。
若き日の探求心や、同志たちとの出会い、そしてスティーブ・ジョブズ氏との予期せぬ交流が、内藤先生の人生に大きな影響を与えてきたことがひしひしと伝わってくる。
臨床の場を離れても、模型を保管し、若い先生方への教育に情熱を燃やし続ける姿は、まさにレジェンドと呼ぶにふさわしいものであった。今後も歯科医療を通して、新しい境地を切り開いていかれるであろう内藤先生の勇ましい姿を追い続けていきたい。
【WHITE CROSS限定】内藤正裕先生の独占インタビューフル動画はこちら
2026年1月スタート!“COKI TOKYO くれなゐ塾” 3・4期のご案内

諸先生方もすでにご存じのように、内藤正裕先生のライヴセミナー “くれなゐ塾“ はコロナの蔓延により2023年3月の56期終了をもって休止を余儀なくされました。
咀嚼器官の構造だけではなく “振る舞い“が示す機能と機能にも光を当てたその咬合論と臨床の展開を惜しむ声が高く、この度2020年に設立された若手勉強会の “COKI TOKYO “ が主催し、内藤先生を外来講師としてお呼びし10ヶ月間のセミナーを開催する運びとなりました。
CAD/CAMと新素材の時代だからこそ、本筋の咬合学を確実に把握する絶好の機会となるでしょう。来春には、WHITE CROSSでこのライブセミナーのエッセンスを絞り込んだオンラインセミナーを配信予定です。
すでに1期と2期は満席で、2026年1月スタートの3期と4期の残席もあとわずかな状況ですが、多くの先生方と共に内藤先生の集大成を学びたく、ここにご案内申し上げます。詳細は事務局(pdc.since2011@gmail.com)にお問い合わせ下さい。
COKI TOKYO 会長 吉野晃、 顧問 髙井基普
お問い合わせ先
COKI TOKYO事務局
pdc.since2011@gmail.com


