[特別寄稿]患者もスタッフも安心!待ったなしの院内感染対策 / 中村 健太郎

Shurenkai Dental Prosthodontics Institute 院長

インフェクションコントロール リサーチセンター センター長

博士(歯学)

中村健太郎

 

利益相反(COI)に関する開示はありません

 

緊急LIVEセミナー開催決定(詳細末尾)

 

新型コロナウイルス症の対策

これまで、細菌やウイルスによる感染リスクについては等閑視する傾向が強まっていました。世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス(COVID-19)によって、誰もが、知らぬ間に、易々と感染症に冒され、不顕性の保菌者すなわち感染の自覚がない保菌者が蔓延することを万人が知るところとなりました。不顕性の保菌者であっても強い感染力を持ち、知らぬ間に感染連鎖を生み出しています。

 

しかしながら、ウイルス対策の最前線の医療機関で働く医療従事者の尽力を以てしながらも、世界中で終息する兆しがまったく見られてはいません。個別管理のできない一般社会においては、人と接触しないための自粛や人と接触させないための都市閉鎖によって感染連鎖を阻止する対策が精一杯ではないでしょうか。

 

ウイルスは細菌とは異なり、自らで増殖することができません。コロナウイルスはインフルエンザウイルスと同じエンベロープウイルスに属し、ヌクレオカプシッドの外側に脂質と糖タンパクからなるエンベロープと呼ばれる被膜を形成しています。エンベロープウイルスは宿主細胞の細胞室内に侵入してウイルスの遺伝情報を転送するために、ウイルス膜と細胞膜との膜融合を必要とします。そして、ウイルスは宿主細胞に寄生して増殖します。細胞侵入はウイルス感染の最初のプロセスであり、アルコール製剤によってエンベロープを不活化することはウイルス感染症を阻止するうえでもっとも重要な対策なのです。

 

 

したがって、擦式アルコール製剤による「手指消毒」と、感染が懸念される環境表面をアルコール製剤による「アルコール消毒」が有効な対策であると言えます。ウイルスを不活化させる「手指消毒」はジェルタイプの消毒薬用量を3ml以上、かつ15秒以上の擦り込み60秒以上放置をお勧めします。アルコールは揮発性が高く、スプレータイプによるアルコール製剤ではアルコール濃度が低下しやすく、効果が半減していることは否めません。

環境表面を消毒する場合は、アルコール製剤が浸潤したワイプタイプを用いることをお勧めします。ワイプでウイルスを払拭するのではなく、ワイプでアルコール製剤を塗布することでウイルスの細胞侵入能力を不活化させる対策なのです。

 

接触感染の対策

感染源(保菌者)・感染経路・感受性宿主(非保菌者)の3つの要因が満たされることを感染連鎖と呼び、この感染連鎖が成立することで感染症となります。感染源は細菌やウイルスの量、さらには感染性の強さなどによってその脅威は異なります。感染経路は接触感染・飛沫感染・空気感染によってその経路が異なります。そのため,感染連鎖を阻止するには保菌者と非保菌者をつなぐ感染経路を遮断することが必要不可欠となります。3つの感染経路でもっとも感染経路が成立しやすいのは接触経路(手指からの感染)です。

歯科医院でも、不顕性の保菌者としての患者が来院するリスクを考慮し、口腔内を直接接触する、あるいは口腔内を接触させた器材を処理する歯科医療従事者は手指管理に細心の注意を払わなければなりません。いつ何時、来院している患者が不顕性の保菌者になるとも限らないからです。

 

接触経路を遮断する予防策では手指衛生の徹底がきわめて重要であり、その徹底には「グローブの管理」と「手指消毒」が基本となります(写真1、2)。また、不必要に器材や環境表面を手指接触しないなどの手指管理も接触経路を遮断する予防策の1つとなります。手指衛生の実践については「歯科医療従事者の正しい手指衛生(歯科衛生士2020年4月号 クインテッセンス出版株式会社)」を参考にして頂ければ幸いです。

 

写真1 オートディスペンサー

 

エアロゾル感染の対策

飛沫経路を遮断するには、保菌者または保菌が疑われる者のマスク着用が効果的とされています。保菌者からウイルス拡散をさせない対策こそが感染連鎖にもっとも有効な対策なのです。不顕性の保菌者が急増するなか、外出時には誰もが着用することが大切だと考えます。日本では厚生労働省が「咳エチケット」として啓発していますが、もしかすると日本人のマスク着用率の高さが、新型コロナウイルス症の罹患率に影響を及ぼしているのかもしれません。

 

海外では、公衆衛生対策としてSocial Distancing(ソーシャルディスタンシング)という標語が掲げられました。ソーシャルディスタンシングとは、感染阻止として一定の人間距離(ジンカンキョリ)を確保することを意味します。最近では、マスク着用が定着している日本でも浸透しつつあります。

 

マスク不足の今日、歯科医院での使用済みマスクの再利用を目的に、なかには患者などの一般人の使用済みマスクの再利用を目的にオートクレーブ滅菌している歯科医院が散見されます。日本で発売されているサージカルマスクやN95マスクはDisposable Mask(使い捨てマスク)であり、不可抗な事態とはいえ再利用には適さず、かえって感染の原因になるとも限りません。

 

写真2 インフェクションコントロールキャビネット

 

ヨーロッパではReusable FFP Mask(再利用できるFFPマスク)と呼ばれる、Respiratory Protection Mask(呼吸保護マスク、いわゆるN95)が販売されています。また、Reusable FFP Maskを滅菌するモードが設定されているオートクレーブも存在しますが、日本で発売されているオートクレーブにはReusable FFP Maskを滅菌するモードは一切設定されていません。使用済みマスクを滅菌バッグに挿入して滅菌しても、滅菌の妥当性確認(バリデーション)が得られておらず、滅菌保証(パラメトリックリリース)が確約できません。

 

歯科医院では、患者は歯科治療中にマスクを脱しており、この時点で飛沫経路の遮断が不完全となります。治療中は、含嗽やハンドピースの注水などによって飛沫やエアロゾルの飛散が高頻度で起こります。エアロゾルとは粉塵や煙、ミスト、大気汚染物質など空気中に浮遊しているすべての粒子を指し、飛沫(5マイクロ以上の飛沫粒子)や空気媒介性飛沫核(マイクロ飛沫:5マイクロ以下の微小粒子で長時間空中に浮遊、空気の流れによって拡散)による飛沫感染やエアロゾル(マイクロ)感染の危険性が高いと危惧されています。

 

写真3 エアロゾル感染対策されているトリートメントルーム

 

エアロゾルが新型コロナウイルスの感染拡大の原因の1つにあるとマスメディアによって伝播され、日本国民も感染連鎖につながるエアロゾルの存在を知ることになりました。現在の日本では、飛沫やエアロゾル(マイクロ飛沫)が感染拡大に大きな影響を及ぼすとして集団感染予防を目的に「3つの【密】、絶対に避けて」をスローガンに掲げて、密閉空間・密集場所・密接場面を回避する行動をとることが強く要請されています。

 

いつ不顕性の保菌者が来院するかもしれない歯科医院においても、エアロゾル感染対策に細心の注意を払わなければなりません。多くの歯科医院では、その対策として歯科用吸引装置を導入していると思います。口腔内吸引装置と口腔外吸引装置を併用することで細菌検出が約90%減少するなど、その有効性は立証されています。

 

しかしながら、ヨーロッパ諸国では歯科用吸引装置が存在しません。その理由としては、唾液や血液、細菌、ウイルスなどを含んだエアロゾルを吸引する限り、吸引口部から内部すべてが洗浄消毒できなければ装置内が感染源となることを指摘しています。たとえHEPAフィルターなどの高性能除塵フィルターを登載しても、排気臭(細菌が生成するにおい物質)が発生すれば装置内は感染源となっている証なのです。したがって、単体移動型吸引器や口腔外吸引器のフィルターや集塵バットの清掃はスタッフにとっては感染するリスクをともない、決してエアロゾル感染対策にはなりません。

 

ヨーロッパでは、プライバシーだけでなくエアロゾル感染対策を考慮してトリートメントルームはすべて個室となっています(写真3)。歯科用ユニットにはサクションシステムと呼ばれる2系統独立タイプの吸引装置が搭載され、サライバエジェクターにて口腔内に滞留した唾液や注水を吸引し、ユニバーサルカニューレにて口腔外に排出されるエアロゾルも同時に吸引します(写真4)。このユニバーサルカニューレによるサクションシステムが歯科用吸引装置に相当します。

 

写真4 サクションシステム(サライバエジェクター・ユニバーサルカニューレ)

 

ヨーロッパでは、規定された吸引能力(1分間に体積量300L以上を吸引)を備えた歯科用ユニットと強力な吸引力を持続できる機械室の診療用バキュームが設置されています。サクションシステム内はすべて洗浄消毒が可能であり、専用の洗浄消毒薬によって管内の細菌の発生や繁殖を阻止しています。エアロゾル感染対策については「医療者と患者さんを守る歯科医院のエアロゾル感染対策(歯科衛生士2020年6月号 クインテッセンス出版株式会社)」を参考にして頂ければ幸いです。

 

さいごに

新型コロナウイルス症の感染拡大がとどまることを知らない状況は、未曾有の危機として対策や予防に関する意識が高まっています。終息する時期の見通しが立たないことが、より一層の感染拡大の恐怖を感じます。4月19日現在、日本の感染者数は10,219名、死者数161名であり、さらに増加することが憂慮されています。

 

日本における感染症による死者数は9,674名(2018年度)であり、そのうちインフルエンザウイルス症による死者数は3,325名にもなります。全国の交通事故死亡者数が3,532名(2018年度)に対して、毎年流行しているインフルエンザウイルス症による死者数がいかに多数であるかを深刻に受け止めなければなりません。感染力が強い新型コロナウイルス症ばかりが、重症化する、死に至る感染症ではないのです。

 

歯科医院では、歯科診療中に接触経路、飛沫経路、空気経路(エアロゾル経路)のすべての感染経路が成立しており、患者が保菌者であれば感染連鎖にて他の患者やスタッフが容易に感染症に罹患します。それゆえに、歯科医療従事者がもっとも感染リスクが高い職種であると言っても過言ではありません。

 

院内感染を阻止するには、保菌者(感染源)と患者、スタッフ(感受性宿主)をつなぐ、すべての感染経路を遮断することが必要不可欠です。接触経路を遮断するには「手指衛生」の徹底を、飛沫経路と空気経路(エアロゾル経路)を遮断するには「ヨーロッパ基準のエアロゾル感染対策」を講じる必要があります。もう待ったなしの院内感染対策が求められているのです。

 

もちろん、院内感染対策が「安心安全な歯科医院づくり」の有力な差別化として、これからの新しい歯科医院経営の「鍵」となることは間違いありません。

 

緊急LIVEセミナー開催

4月30日(木)19:00〜、Shurenkai Dental Prosthodontics Instituteの中村健太郎先生をお招きし、歯科医院の感染対策について緊急LIVEセミナーを開催します。長年に渡り歯科医院内感染対策のコンサルタントを担ってきた経験と知識を、「今こそ、歯科医院の感染対策を見直そう!」として、2時間たっぷり解説いただく予定です。

 

指定期間中は何度でも視聴可能で、すぐに歯科医院の感染対策に取り入れられるセミナーを予定しています。開催中は質問も受け付けていますので、ぜひオンタイムでご参加ください。

 

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執筆者

中村 健太郎の画像です

中村 健太郎

歯科医師・歯学博士

Shurenkai 主宰・Shurenkai Dental Prosthodontics Institute 院長
補綴臨床総合研究所 所長・インフェクションコントロール リサーチセンター センター長

愛知学院大学歯学部 冠・橋義歯学講座に常勤として所属後、補綴歯科治療を主軸とした中村歯科醫院を開院し、満15年目にして終院した。終院後には補綴研修機関としてShurenkaiを立ち上げ、研修会(補綴臨床StepUp講座)を通じて補綴歯科治療の後進指導に尽力している。Shurenkaiは関東・中部・近畿・中四国・九州・沖縄の6支部会で構成され、例会を通じて補綴歯科治療の研鑽を積んでいる。2018年には日本補綴歯科学会認定研修機関として認定され、現在は補綴歯科専門医の取得をサポートしている。また、歯科医療機関の差別化として院内感染対策のコンサルタントも担っている。

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記事へのコメント(3)

歯科医師
匿名先生 2020/04/24 14:05
歯科医師
匿名先生 2020/04/24 00:26

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