東京医科歯科大学は12月23日、舌がんの病理標本の浸潤先進部において、特定のタンパク質の細胞内局在が頸部リンパ節転移と相関することを明らかにしたと発表した。
この研究は、同大学大学院医歯学総合研究科・硬組織病態生化学分野の横山三紀准教授、顎顔面外科学分野の山本大介大学院生らの研究グループによるもの。
本来であれば外来性の異物の侵入を防ぐ「クローディン-1」
「クローディン-1(※1)」は、細胞膜に存在し、隣接する細胞間に密着結合(※2)を形成して物質移動を制限しているタンパク質である。
口腔内では重層扁平組織の基底層に存在し、通常では外来性の異物の侵入を防ぐバリアとしての役割を担っている。
一方で、がん細胞のクローディン-1はバリアの形成とは異なり、がん細胞の生存や周囲の組織への浸潤の促進に関与することが報告されている。
しかし、肺腺がん、前立腺がん、直腸がん、大腸がん、乳がんなどにおけるクローディン-1の発現レベルとがんの悪性度との相関は、クローディン-1の発現が高い場合に生存率が低下して悪性度が高いという報告もあれば、その逆の報告もあるという複雑な状況である。
このことから、クローディン-1とがんの悪性度との関係を考える際に、発現レベルに注目するだけでは不十分であると研究グループは考えた。
「クローディン-1」が、がん細胞の浸潤に関係している
研究グループは、同大の顎顔面外科分野で手術された舌切除標本に対して、クローディン-1の免疫組織染色を行った。
クローディン-1の発現レベルと臨床病態に相関は認められなかったが、クローディン-1を高発現している症例において、がんの中心部ではクローディン-1がほとんど細胞膜に局在しているのに対し、浸潤先進部では細胞内への移行がみられる場合があることを確認したという。
そこで、クローディン-1高発現群において、浸潤先進部でクローディン-1が細胞内にある症例と、細胞膜にある症例に分類したところ、前者は後者に比べて頸部リンパ節に転移する頻度が有意に高いことが明らかになった。
湿潤先進部のクローディン-1が細胞内に存在している舌がんの病理標本
抗クローディン-1抗体による免疫組織染色像(A)の四角で囲んだ部分に相当する部分を、蛍光染色した後に共焦点顕微鏡により観察した(BーE)
さらに舌扁平上皮がん由来であるSAS細胞を用いた生化学的な解析を行った結果、クローディン-1はエンドサイトーシス(※3)により細胞内に移行し、エンドサイトーシスの阻害剤はSAS細胞の運動性を抑制することがわかった。さらに、研究グループはSAS細胞のクローディン-1を欠失させるとSAS細胞の運動性が亢進されることを見出した。
これらの結果より、クローディン-1が細胞膜に存在して細胞同士を密着させている場合には細胞の運動性が抑制され、クローディン-1が細胞内に移行して細胞膜からなくなると運動性は亢進する、すなわち浸潤が起こりやすくなる、という可能性が示唆されたという。
つまり、クローディン-1のバリア機能以外の作用により、浸潤先進部でがん細胞がクローディン-1を細胞膜から取り除き、浸潤の効率を高めている可能性がある。
クローディン-1が細胞膜に介在していない方ががん細胞の運動性が高い
本研究から、「細胞内局在」に着目することで、クローディン-1の診断マーカーとしての有用性を高めることが期待される。
研究者らは「クローディン-1の細胞内移行を阻止することにより浸潤を食い止める治療法の可能性が考えられる」と述べている。
本研究は、2019年12月20日、国際科学誌『Cancer Science』にオンライン版で発表された。
脚注
※1「クローディン-1」
27種類のメンバーからなるクローディンファミリータンパク質のひとつである。クローディンファミリータンパク質はいずれも 4回膜貫通構造をもち、密着結合を形成する。
※2「密着結合(タイトジャンクション)」
上皮細胞の細胞間に形成される細胞接着装置の一種である。隣接する細胞の細胞膜に存在するクローディン同士が向き合って結合することにより、細胞間の自由な物質の移動を抑制する。また密着結合は細胞の極性を維持する。
※3「エンドサイトーシス」
細胞膜の形態を変化させることにより、細胞外から細胞内へ物質を取り込むこと。
出典
「舌がん浸潤先進部のクローディン-1の細胞内局在はリンパ節転移と相関する 」ー診断マーカーとしてのクローディン-1の新たな着目点を発見ー(東京医科歯科大学)