米国補綴専門医が見た風景 前編 Interview with Dr. Kazuhiko Tsuchiya
インタビュー 2024/06/25

米国補綴専門医が見た風景 前編 Interview with Dr. Kazuhiko Tsuchiya

WHITE CROSS編集部

近年のグローバル化を背景に、歯科医療においても書籍や講演会などで国外の知見を取得することが可能になった。

しかしながら、島国日本においては、一次情報としてそれらに触れる機会はまだまだ十分とは言えない。

 

そこでWHITE CROSSでは、海外の歯科大学留学経験者に密着取材を行った。

本記事より3名の歯科医師に、等身大の彼らが目の当たりにした風景や職業観、人生観について語っていただく予定だ。

 

土屋嘉都彦先生(インディアナ大学補綴科) インタビュー

 

土屋先生は福岡歯科大学を卒業後、一度は父が開業するクリニックに勤務するも、米国インディアナ大学補綴科へ進学しアメリカ補綴学会ボード認定専門医を取得。首席で卒業し、日本で初の、Diplomat, American Board of Prosthodontics、The John F. Johnston scholarship awardを受賞。帰国後は開業医として臨床に従事する傍ら、当時の日本では最年少の、33才という若さで福岡歯科大学の臨床教授を務めている。

 

本記事では、米国の歯科教育や専門医としての臨床など、日頃触れることができない情報についてリアルに語っていただいた。

留学のターニングポイント

ーー歯科医師になった原点についてお聞かせください

両親とも歯科医師だったので、もの心ついた時から自分は歯科医師になるのだと思っていました。
また、父は矯正医でありながら、日本のインプラント黎明期における先駆者、故 添島義和先生が設立した九州インプラント研究会のメンバーとして、インプラント治療を行っていました。
当時はインプラントを手がける歯科医師が少なかったこともあり、大分県中から患者さんが来院するのを目の当たりにしていたんですね。子どもながらに、これが成功者なんだという憧れがありましたね。

 

ーー卒後すぐにお父様のクリニックに入られていますね

もちろん他の選択肢もありました。

「九州で外科がうまくなりたかったら「佐賀医科大学の香月武教授」と言われるくらい有名な先生がいたんですね。だからそこに行きたいと思っていたんですが、卒業間際のタイミングで親父ががんになってしまいました。右手のくるぶしに珍しい悪性の神経症種が見つかって、その時は手をなくすかもしれないと・・。

 

形としては実家に帰ることになりましたが、実は留学は大学6年生くらいから考えていて、どういう形にしろ留学したいと思っていました。幸い、親父は右手を温存することができ、診療ができるくらいまで回復しました。

 

親父の復帰とともに、英語を勉強しながら臨床に明け暮れる、とにかく上手くなりたいという一心の2年間でしたね。

 

 

ーー学部学生の時から留学したいと思っていた理由は何ですか?

親父が当時スイスまで行って試験(現ストローマン社のフェロー制度)を受けに行っていたんですよ。

ペリオで著名な船越栄次先生と一緒に試験を受けに行っていて、それに同行しました。そうしたら船越先生は留学経験者でペラペラ英語が喋れるわけです。親父はなんとかという程度でしたので、外国の先生は船越先生に集まるんですね。それを経験した親父が「かつひこ、英語は喋れないとあかんよ」とボソッと言ってきた。その時、社会に出るなら英語をしゃべれないと思ったんです。それが最初かな。

 

 

ーー英語や、受験勉強はどうされたのですか?

僕は英語が苦手で、臨床をやりながら勉強をしてもTOEFL(英語能力測定試験)に受からないと思ったので、とりあえず渡米しました。それが2004年。2年間貯めた給料で1年間語学留学をして、2005年にインディアナ大学入りました。

インディアナ大学の近くの語学学校に通いながら、暇さえあれば歯学部に顔を出して「入れてくれ、入れてくれ」と言いながら勉強をしました。これはもう執念に近いですね。


TOEFLの点数は取れたんですが、入学は不合格通知が出ました。それでも諦めがつかなくて留まっていたら、ファカルティーのDr.アンドレスから連絡が来たんです。「キャンセルが出た。お前はTOEFLが取れているな。じゃあ入れてやる」ということで入学できたんです。
今思えば、ここまで頑張ったんだから入れてくれるだろうという根拠のない自信が常にありました。

 

ただ、レジデント1人につきチェアが1台もらえるんですよね。そこに「TSUCHIYA」という名前があったのは心底嬉しかった。歯学部に通いつめていた頃から、自分が入ったらここに名前が載るんだと思っていて。それがいちばん嬉しかったですね。

 

レジデンシーとしての学びとアメリカの肌感覚 

ーー入学後の日々について教えてください

語学留学をしていたので基盤はできていました。友達もいて、生活の仕方も分かっていますから、他の留学生に比べるとスムーズだったと思います。
ただ、語学学校というのは英語ができない人の集まりで、いざ大学に入ってみると英語ができて当たり前の環境になります。そのギャップがすごく大きくて。インディアナ大学というのは最初の7、8月にサマーセッションと呼ばれるものがあって、試験ばっかりなんです。それがもう本当に大変で。毎週テストがあるものですから、その時期が本当に苦しかったですね。ほとんど寝ていないと思います。

最初の1年目はついていくのがやっとだったんですが、2年目になってやっと英語がうまく使えるようになりました。それからは、臨床と論文をコネクトしていくのがすごく楽しくなったのを覚えています。先人たちが積み上げてきたものを読んで臨床に応用していくプロセスは、臨床のために勉強をしているという実感があって、非常にエキサイティングでした。

 

クラスメイトとの実習 

 

 

ーー米国のレジデント過程とは、どのような学びの場でしょうか?

レジデンシーで学んだことはベーシックなことばかりなんです。
1950年代からの論文を読んで、オーソドックスから最先端のliterature reviewを読み解くということを徹底して行います。エビデンスが構築しにくいとされる補綴という分野であっても、「どこまでが分かっていて、どこからがまだ解明されていないのか」という限界を知ることができます。
最先端の知識や権威のオピニオンも、批判的に吟味できるようになりましたし、患者さんにもできないことは自信を持ってできないと言えるんです。

 

意外と、患者さんに自分ができないことをできないと伝えることって難しいです。僕も、留学前は患者さんにできないと伝えることはマイナスにとられるのではないかと怖かったです。しかし、僕だけではなくて世界のレベルでできないことがあると知ると、自信を持って「これはできません」と言えるようになります。この世の限界を知ることができたことは良かったと思います。

 

 

スーパードクターという言葉が存在します。それに対してどう思いますか?

experience based dentistryが非常に強かった日本においては、スーパードクターと呼ばれるような匠の先生が生まれやすい土壌だったのではないかと感じています。講習会に参加すると、これだけの症状を治して、これだけ長期間もっているといったケースが多いと思う。これは日本だけに限った話ではなく、米国にもスーパードクターと称されるような先生はいると思います。

 

日本では、長期症例を出さなければ一人前ではないという風潮があるように感じます。でもそれは若手には無理ですよね。逆立ちしても20年経過症例は出せないわけですから。

だから僕らがより良い治療を実践するには、いま正しいと言われていることをただ愚直にやっていくことだけだと思います。


逆に言えば、米国のレジデンシーで学んだことというのは、将来的に長期症例を作るためのベースを短期間で叩き込んでいく過程で、卒後は各自時間をとって体現していくという世界感ではないかと思っています。

面白い論文があって、徹底的に経験から学んできた歯科医師と、徹底的にエビデンスから学んできた歯科医師の長期症例が同じだったというんですよね。だから僕は、日本が育んできたexperience based dentistryも失ってはいけないと思っています。

 

 

ーー日本と米国で一番違うと感じたのはどこですか?

僕がすごいと思ったのは、教育ですね。

歯学教育に限らずですが、留学をすると日本の課題が教育にあるということが分かります。資本主義になりきれていないですよね、日本は。

もちろんアメリカが絶対とは言いませんが、資本主義のもとにおいてアメリカは平等だと思います。合理的なまでに努力が報われるのがアメリカですが、日本は変な意味で公平にしてしまうから、それは違うんじゃないかなって思うときがあります。努力する意味を見出せるのはアメリカの良さであり、ある種の画一性が求められてしまうのが日本ですよね。

ファカルティやクラスメイトと

 

 

ーー両国の医療保険制度をどう思われますか?

日本の保険制度も、部分的に肯定します。まず日本の社会構造的に民間保険がないじゃないですか。だから日本の自費治療は10割負担なので、自費治療を選択するハードルが高いんですよ。一方で、アメリカの保険は貧しい方に過酷なので、そういう方たちを助けるためのシステムは必要なのではないかと思います。
アメリカでは医療は贅沢財になっていて、日本では公共財になっている。公共財になっているが故に歯科医師は等しく生きていきやすいけれど、ハイエンドなニーズに対する弱みが出ているというのが一つの特徴かと思います。

 

後編に続く(近日公開予定)

DENTAL SQUARE JAPAN

土屋先生の日本での活動の一つに、デンタルスクウェアジャパン(DSJ)があるので、ご紹介したい。

 


DSJボードメンバー

 

DSJは、世界水準で実践可能な日常臨床を習得して頂くことを主旨に、「自立して診査診断し、自律して治療を進めることができる歯科医師」を育成するための臨床コースとして、理念を共有する4人の専門医によって設立された。4名の専門医が今まで国内外で習得してきたことを余すことなく受講生に吸収して頂き、価値の高い歯科医療を自院で実践して頂くことを活動目的としている。
ご興味のある先生は、ぜひコンタクトをとってみていただければと思う。

 

プログラム内容はこちらから

執筆者

WHITE CROSS編集部

WHITE CROSS編集部

臨床経験のある歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・歯科関連企業出身者などの歯科医療従事者を中心に構成されており、 専門家の目線で多数の記事を執筆している。数多くの取材経験を通して得たネットワークをもとに、 歯科医療界の役に立つ情報を発信中。

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